IT人材不足と2030年問題とは。79万人という数字の中身と、企業の打ち手
2030年に最大79万人のIT人材が不足する。この数字は広く引用されますが、前提条件まで説明されることは多くありません。この記事では、経済産業省の調査そのものに立ち返り、数字の中身と、企業が実際に取れる手を整理します。
79万人という数字の前提
この数字の出典は、経済産業省が2019年に公表した「IT人材需給に関する調査」です。経済産業省情報技術利用促進課とみずほ情報総研が事務局となり、有識者を交えて2018年6月から2019年3月にかけて実施されました。
重要なのは、単一の予測ではなく、複数のシナリオによる試算だという点です。IT需要の伸び率と労働生産性の上昇率を変えて計算しています。
- 高位シナリオ/需要が大きく伸びた場合、2030年に約79万人の不足
- 中位シナリオ/約45万人の不足
- 低位シナリオ/最も楽観的な場合でも約16万人の不足
「79万人」は最大値であり、確定した予測ではありません。ただし、どのシナリオでも不足が解消しない点は共通しています。議論すべきは規模であって、不足するかどうかではありません。
従来型と先端IT人材
同じ調査は、IT人材を「従来型IT人材」と「先端IT人材」に分けて試算しています。ここが実務上は最も重要です。
先端IT人材とは、AI・ビッグデータ・IoTなど第4次産業革命に対応した技術を扱う人材を指します。試算では、AI需要の伸びが高位の場合、2030年に12.4万人の需給ギャップが生じるとされます。一方、AI需要の伸びが低位であれば、2018年の3.4万人から徐々に減少し、2030年には1.2万人まで緩和するとも示されています。
つまり、先端領域の不足は需要側の変動に大きく左右されます。技術の普及が進むほど不足し、進まなければ緩和する。この構造を理解しておくと、採用計画の立て方が変わります。
従来型IT人材については、需要そのものが縮小に向かうという見方も示されています。数の不足だけを見て一律に採用を増やすのは、正確な対応ではありません。
不足が起きる2つの原因
原因は需要側と供給側の両方にあります。
需要側。DXの推進、クラウド移行、AI活用など、IT需要が拡大を続けています。人材確保のペースを需要の拡大が上回っている状態です。
供給側。少子高齢化による労働人口の減少が背景にあります。加えて、IT人材の平均年齢の上昇も指摘されており、業界全体の高齢化が進んでいます。
この2つが同時に進むため、採用だけで埋めることは構造的に困難です。全社が同じ市場から採ろうとすれば、単価が上がるだけで総量は増えません。
とくに深刻な領域
経済産業省の資料では、不足がとくに深刻な領域として2つが挙げられています。
ひとつはサイバーセキュリティ対策を講じる人材です。2020年時点で19.3万人の不足という試算が示されていました。ベンダー・ユーザーの双方で不足しているとされます。
もうひとつがAI・ビッグデータを使いこなす人材です。第4次産業革命に対応した新しいビジネスの担い手として、育成が不可欠とされています。
この2領域は、育成に時間がかかるという共通点があります。短期の採用では埋まりにくく、数年単位の計画が必要になります。
採用以外の打ち手
市場から採る以外に、企業が取れる手は4つあります。
- 社内人材の育成/業務を知っている人にIT技術を教えるほうが、外から採るより確実な場合がある
- 外部人材の活用/正社員採用にこだわらず、業務委託やフリーランスで必要な期間だけ確保する
- 業務の見直し/そもそも人手をかけている工程を減らす。AIや自動化が効く領域
- 海外人材の採用/国内市場の外に供給を求める
1つ目が最も見落とされています。業務知識はIT技術より習得に時間がかかります。経済産業省も、全社員を対象としたリスキルへの取り組みが望ましいと発信しており、デジタルリテラシー協議会が「Di-Lite」という共通の範囲を示しています。
現実的な優先順位
限られた予算で何から始めるかを考えると、順序があります。
第一に、いまいる人が辞めない状態を作る。採用より定着のほうが費用対効果が高い局面が多くあります。1人辞めれば、採用費と教育期間の両方が失われます。
第二に、業務を減らす。人を増やす前に、やらなくてよい作業を見つけます。
第三に、外部人材で埋める。常時必要でない専門性は、必要な期間だけ確保するほうが合理的です。
第四に、採用と育成。時間がかかるため、上の3つと並行して進めます。
働く側から見ると
同じ状況を、エンジニアの側から見ると景色が変わります。
不足しているのは「IT人材」全般ではなく、特定の領域です。セキュリティ、クラウド基盤、データ、AI実装。これらは供給が需要に追いついていません。
一方、従来型の領域では需要の縮小も予測されています。同じ業界にいても、どの領域にいるかで数年後の状況は変わります。
また、企業側が外部人材の活用に動くということは、正社員以外の働き方の選択肢が広がることも意味します。業務委託やフリーランスとしての需要は、この構造から生まれています。
数字と現場の感覚のずれ
統計上の不足数と、現場で感じる採用難には、ずれがあります。
統計は全国の総量を示しますが、実際の採用は地域と条件で分断された市場で起きます。同じ職種でも、東京と地方、大手と中小、正社員と業務委託では、まったく別の市場です。
単価の分断も大きい要因です。市場に人がいないのではなく、提示している条件で来る人がいない、という状態が多くあります。
したがって「79万人不足」という数字は、自社の採用難を説明する根拠にはなりません。説明になるのは、同条件の他社と比べて自社が選ばれていない理由のほうです。
不足を前提に諦めるより、自社の条件を市場と比べるほうが、実務的な打ち手につながります。
採用より定着の費用対効果
不足への対応として、採用の前に検討すべきことがあります。
1人が退職すると、採用費用、教育期間、引き継ぎの負荷、残る人の負担増が同時に発生します。これらを合計すると、給与の数か月分から1年分に相当するという試算もあります。
一方、定着のための施策は相対的に安価です。
- 裁量の付与/技術的な判断を任せる。費用はかからない
- 技術への投資/古い環境で働き続けることは、技術者にとって明確な離職理由になる
- 学習時間の確保/業務時間内に学べるかどうかは、待遇より効く場合がある
- 評価の透明化/何をすれば上がるのかが見えない組織からは、市場価値のある人ほど先に抜ける
人が採れない時代には、いま在籍している人の価値が相対的に上がります。採用予算の一部を定着施策に回すほうが、費用対効果が高い局面が多くあります。
本文中の数値は各調査時点のものです。調査主体により定義や推計方法が異なるため、出典を確認のうえご参照ください。
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