海外駐在から起業へ。駐在で得たものと、独立で通用しないもの
海外駐在は、多くの人にとって会社が用意した機会です。その環境を離れて自分で事業を始めるとき、駐在で得たもののうち何が持ち出せて、何が持ち出せないのか。この記事では、その線引きと、決断の前に確認しておくべきことを整理します。
駐在という立場を、統計から見る
外務省の海外在留邦人数調査統計では、在留邦人を「永住者」と「長期滞在者」に分けています。長期滞在者は3か月以上の在留者のうち、いずれ日本に戻るつもりの人を指します。駐在員はここに含まれます。
同統計では、2023年10月1日時点の在留邦人総数は129万3,565人、うち長期滞在者は71万8,838人で、前年より3万2,643人(4.3%)減少したとされます。
この区分は、実は駐在という立場の性質をよく表しています。「期限を定めて居住している」ことが前提であり、帰任が決まっている状態です。起業を考えるとは、この前提を自分で外すことを意味します。
駐在で身につくもの
駐在経験には、日本にいては得にくいものが含まれます。
- 市場の肌感覚/その国で何が売れ、何が受け入れられないかを、資料ではなく実務で知っている
- 制度と商習慣の理解/契約、決済、雇用、税務。教科書と実際の運用の差を知っている
- 現地の人的ネットワーク/取引先、行政、同業。紹介の連鎖が起点になる
- 本社との折衝力/立場の異なる相手を、数字と論理で動かす経験
とくに1つ目と2つ目は、調査で代替できない情報です。現地に住んで働いた人だけが持つ知識であり、これが事業の出発点になります。
独立で通用しないもの
一方、駐在中に効いていたもののうち、持ち出せないものがあります。
看板です。面会に応じてもらえたのは、多くの場合その企業の名前があったからです。同じ相手が、個人になった途端に時間を割いてくれるとは限りません。
後方支援です。ビザ、住居、税務、法務、通訳。駐在中は会社が処理していた事務を、すべて自分で抱えます。事業の内容と関係のないところに時間が消えます。
失敗の許容度です。駐在中の赤字は本社が吸収しますが、独立後は自分の生活に直結します。同じ判断でも、リスクの重さがまったく違います。
現地に残るか、日本に戻るか
この選択が、事業の設計を大きく左右します。
現地に残る場合、在留資格が最大の論点になります。駐在員としてのビザは会社に紐づいており、退職と同時に前提が崩れます。会社設立、資本金、雇用の要件など、国ごとに条件が異なります。ここは事業計画より先に確認すべき事項です。
日本に戻る場合は、現地との接続をどう維持するかが課題になります。人脈は物理的な距離で薄れます。
第三の選択として、日本を拠点に、現地との橋渡しを事業にする形もあります。日本市場への参入支援や、現地での調達・開発。駐在で得た理解が、そのまま商材になる型です。
決断の前に確認すること
順序を間違えると、後から取り返せません。
- 在留資格/退職後に滞在を継続できるか。切り替えの条件と期間
- 競業避止と守秘/現職の顧客・情報をどこまで扱えるか。書面で確認する
- 生活基盤/住居、保険、子女の教育。会社負担が外れたときの実費
- 最初の売上の当て/独立後3か月以内に入金が見込める相手がいるか
4つ目を満たさないまま辞めると、事業の検証ではなく生活資金の確保が最優先になります。その状態から立て直すのは容易ではありません。
事業の型を選ぶ
駐在経験を活かした事業には、いくつかの型があります。
- 参入支援/日本企業の海外展開、または海外企業の日本進出を支援する
- 調達・開発の橋渡し/現地の人材や工場と、日本の需要をつなぐ
- 現地で事業を行う/その市場の顧客に直接売る。最も踏み込むが、理解が最も活きる
- 知見を売る/助言、研修、情報提供。少ない資本で始められる
最後の型は、検証の手段としても有効です。資本を投じる前に、自分の知見に対価が支払われるかを確かめられます。
人脈をどう維持するか
駐在中の関係は、立場が変わると自然には続きません。維持するには意図が要ります。
実務的なのは、退職前に個人の連絡先を交換しておくことです。会社のメールアドレスしか知らない関係は、退職と同時に切れます。
また、相手にとっての価値を提示し続けることが必要です。情報の共有、人の紹介、現地の状況の伝達。一方的に頼る関係は続きません。
帰国する場合も、年に数回の訪問や定期的な連絡があれば関係は保てます。距離より頻度のほうが効きます。
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