セキュリティ

40%が「AIを使ったソーシャルエンジニアリング」を経験した。防御側のスキルが入れ替わっている

イーランサー・ジャパン株式会社

AIがセキュリティに与える影響は、長らく「防御の効率化」の文脈で語られてきました。ログの要約、アラートの一次判断、レポートの自動生成。ところが2025年の調査では、回答者が実際に遭遇した出来事の側にAIが現れています。攻撃に使われ、そして防御側に必要なスキルの中身を入れ替えた。この記事では、ISC2が16,029名から集めた数字をもとに、何がどう変わったのかを整理します。

遭遇した攻撃にAIが現れた

ISC2が2025年7〜8月に実施したCybersecurity Workforce Study(有効回答16,029名)で、過去1年間に経験したAI関連の攻撃として挙げられたのは次の3つです。

注意して読みたいのは、これが予測ではなく経験だという点です。「今後増えると思う」ではなく「この1年で遭遇した」。最も多い40%がソーシャルエンジニアリングであることも、技術的な侵入より先に、人を騙す側が自動化されたことを示しています。

「AIを使ったとみられる攻撃」が23%にとどまっている点も重要です。AIが使われたかどうかは、受けた側からは判別しづらい。つまり実数はこれより大きい可能性がある一方、過大に見積もられている可能性も残ります。

必要なスキルの首位が入れ替わった

同じ調査で、組織が最も必要としているスキルとして挙がったのは次の順です。

セキュリティの必要スキル調査でAIが首位に来るのは、この分野の歴史から見れば急な変化です。そして供給側は追いついていません。AI関連の資格を取得済みの回答者は17%、取得予定が53%。需要41%に対して供給17%という、わかりやすいギャップがあります。

AIがもたらす影響の見立ても、置き換えではなく上積みです。73%がAIによって専門的なスキルの需要が増えると考え、72%が戦略的な思考力の需要が増えると考えている。定型作業が減った分、判断の比重が上がるという読みです。

防御側でのAI導入は、まだ途中

守る側のAI活用はどこまで進んでいるか。

導入済みは3割弱。使っている人の満足度は高いものの、攻撃側の40%に対して防御側の28%という非対称が残っています。攻撃側は一度うまくいく手口が見つかれば全量に適用できるのに対し、防御側は組織ごとに評価・調達・運用設計を通す必要がある。この時間差が、そのまま非対称の正体です。

同時に予算は絞られている

攻撃面が広がっている一方で、組織側の条件は好転していません。

スキル不足を「重大または深刻」と答えたのは59%で、2024年の44%から悪化。適切な人員配置ができているのは34%にとどまります。攻撃面は増え、必要なスキルは変わり、予算と人は増えない。この3つが同時に起きているのが2025〜2026年の状況です。

この条件下では、優先順位づけの失敗が起きやすくなります。実際、2026年10月に国内で起きたGMO「お名前.com デスクトップクラウド」への不正アクセスでは、社内から事前に指摘が出ていたにもかかわらず、他の対処事項との優先順位を考慮した結果、対応の深さと速さが十分でなかったと同社代表が説明しています。

何が自動化されたのか

「AIを使ったソーシャルエンジニアリング」と言われても、具体的に何が変わったのかが見えないと対策が決まりません。従来の攻撃と比べて、どこが機械に置き換わったのかを分解します。

重要なのは、どれも「新しい攻撃」ではないことです。標的型メールもビジネスメール詐欺も以前からあった。変わったのは単価と量です。手間がかかるから少数の標的にしか使われなかった手口が、全数に適用できるようになった。

だから防御側の対応も、「新しい攻撃への新しい対策」ではなく「人の判断に依存している箇所を減らす」方向になります。

  1. 文面の自然さを判断材料から外す。「日本語が不自然だったら怪しむ」という教育は、もう効かない
  2. 音声や映像を本人確認の根拠にしない。金融庁も2026年10月9日の注意喚起で、本人確認書類と容貌の画像に不自然な点がないかの確認徹底を求め、さらに本人確認書類の画像送信による方法が廃止されICチップ情報の読取に原則一本化されることを挙げている
  3. 承認フローを、相手の説得力に左右されない形にする。「急いでいる」「上長の指示」で例外が通る設計をやめる
  4. 多要素認証の実装品質を上げる。プッシュ通知の連打で承認を取る手口に耐えられるか

守る側がAIを入れるとき、どこで詰まるか

導入済み28%という数字は、製品が足りないからではありません。詰まっているのは、たいてい次の3か所です。

1番目について、評価設計の出発点になる考え方を挙げます。

  1. 導入前の数字を取る。アラート件数、一次判断にかかる時間、見逃しが判明した件数。これがないと比較ができない
  2. 見逃しの定義を先に決める。事後に判明したインシデントのうち、検知できていたはずのものを数える
  3. 人の工数を測る。削減が目的なら、何分が何分になったかを言えるようにする
  4. 評価期間を決めておく。「しばらく様子を見る」で終わる導入が最も多い

同調査では、実際にAIセキュリティツールを使っている人のうち63%が生産性が大きく向上したと答えています。使えば効果は出ている。問題は、使い始めるまでの手前にあるということです。

需要41%・資格17%というギャップの意味

必要スキルの首位がAI(41%)である一方、AI関連の資格を取得済みの回答者は17%、取得予定が53%。この差の読み方を整理します。

まず、53%が「取得予定」と答えているという事実が重要です。需要と供給のギャップは、2〜3年で縮まる可能性が高い。裏を返せば、プレミアムが乗る期間は限られています。

そして、資格が増えてもギャップが埋まらない部分があります。

同調査で73%がAIによって専門的スキルの需要が増えると考え、72%が戦略的な思考力の需要が増えると考えているのは、この構造を現場が直感的に捉えているからだと読めます。定型作業が減った分、判断の比重が上がる。

エンジニアの側で何をするか

数字から素直に導けるのは次の4点です。

  1. 人を騙す経路から手を入れる。最も多いのがソーシャルエンジニアリングである以上、多要素認証の実装品質、承認フローの設計、音声や映像を根拠にしない運用のほうが、先に効く
  2. AI関連の知識を、資格より先に手で触って得る。需要41%に対し資格保有17%という差は、資格待ちをしない人に有利に働く
  3. 防御側のAI導入は評価設計から。導入済み28%という数字は、製品選定より「何をもって効果ありとするか」で詰まっている組織が多いことを示唆する
  4. 予算が増えない前提で設計する。31%がさらなる削減を予想している以上、人手を前提にした運用設計は破綻しやすい

共通しているのは、攻撃側の自動化に、運用の設計で対抗するという方向です。ツールの導入だけでは、28%と40%の差は埋まりません。

大企業ほど条件が厳しい

組織規模による違いも出ています。予算と人員の状況を、規模別に見た数字です。

一般に、大企業のほうがセキュリティ投資の余力があると考えられがちです。ところが調査では逆で、大企業のほうが採用凍結もレイオフも多い。

考えられる理由は2つです。

  1. 削減の対象として見えやすい。部門として独立しているぶん、コストが可視化されている。見えるものは削られる
  2. 攻撃面も大きい。守る範囲が広いほど必要な人数は増えるが、増え方が予算の増え方を上回る

この条件下で、攻撃側の40%——AIを使ったソーシャルエンジニアリングの経験率——に対抗しなければならない。人を増やして解決する前提の運用設計は、最初から成立しないというのが、この数字の実務的な意味です。

31%が今後12か月でさらなる予算削減を予想している点も合わせると、設計の前提は明確になります。自動化できるものは自動化し、人が見る場所を絞り、誤検知を減らして一次判断の工数を下げる。そのうえで、残った判断に人を配置する。

出典

本記事は2026年10月27日時点で公開されている情報に基づいています。ISC2の調査は回答者の自己申告に基づくもので、「AIを使ったとみられる攻撃」は受け手側の判断を含みます。

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