日本がグローバルでリードできる産業とは。強みが残る領域を構造から探す
日本が世界でリードできる産業はどこか。精神論ではなく、優位が持続する条件から逆算して考えます。強い領域と、そうでない領域を分けて見ることが出発点になります。
優位が持続する3つの条件
産業の競争力が続くかどうかは、次の3つで決まります。
- ①模倣に時間がかかる/設備、熟練、擦り合わせの蓄積が必要な領域
- ②切り替え費用が高い/一度採用されると、変更に検証と危険が伴う
- ③需要が構造的に続く/一過性の流行ではなく、長期の必要性がある
逆に言えば、ソフトウェアのように複製費用がほぼゼロで、切り替えが容易な領域では、優位が持続しにくくなります。
この観点で見ると、日本の強みがどこにあるかが整理できます。
素材・部材・製造装置
3条件をすべて満たしやすいのが、この領域です。
最終製品ではなく、その手前を担う立場です。半導体の材料、電子部品、精密機械、化学素材、製造装置。表に見えにくいものの、供給が止まれば世界の生産が止まる位置にあります。
強みが続く理由は明確です。製造の再現には長期の蓄積が要り、採用側にとっては切り替えの検証費用が高い。そして需要は、電子機器や自動車が存在する限り続きます。
この領域の課題は目立たないことです。最終製品の企業名は知られても、部材の供給元は知られません。結果として、優秀な人材が集まりにくいという構造的な問題を抱えています。
観光と文化
数字で明確に伸びているのが、この領域です。
観光庁の調査によれば、2025年の訪日外国人旅行消費額は9兆4,559億円で、前年比16.4%増、暦年として過去最高です。1人当たりの旅行支出は22.9万円とされます。
国・地域別では中国が2兆26億円で最多、次いで台湾、米国、韓国、香港と続き、上位5か国・地域で全体の62.2%を占めます。
注目すべきは単価です。1人当たりの支出はドイツが39万3,710円で最多、次いで英国、豪州、スペイン、フランス、イタリアと欧州勢が続きます。数は東アジアが多く、単価は欧州が高いという構造です。
この領域が3条件を満たす理由は、模倣が不可能だからです。歴史、地形、食文化、街並み。他国が同じものを作ることはできません。
劣位にある領域
強みだけを見ても判断を誤ります。弱い領域も明確です。
総務省の情報通信白書は、デジタル分野における日本企業のシェアが全般的に低く、デジタル関連サービス・財の赤字額も拡大傾向にあると指摘しています。海外プラットフォーム事業者が、収集したデータを活用して大きく成長し、日本でも大きな存在感を発揮しているとされます。
生成AIの活用でも、日本の個人の利用経験率は26.7%で、米国68.8%、中国81.2%を大きく下回ります。
この領域で正面から競うのは、現実的ではありません。複製費用がゼロに近く、規模の経済が働く構造では、先行者が圧倒的に有利になるためです。
組み合わせに機会がある
では日本に機会はないのか。あります。強い領域と弱い領域を掛け合わせる位置です。
具体的には、物理的な現場を持つ産業のデジタル化です。製造、物流、建設、医療、農業、観光。これらは日本に厚みがあり、かつデジタル化の余地が大きく残っています。
この領域では、ソフトウェアだけでは勝てません。現場の知識、設備の理解、業務の慣行を知っていることが前提になります。海外のプラットフォーム企業が参入しにくい構造です。
つまり、純粋なIT企業としてではなく、産業を知っているIT企業として競うという道筋です。ここには、模倣の難しさと、切り替え費用の高さの両方があります。
人材の観点から見ると
産業の話を、働く側の視点に翻訳します。
需要が続く組み合わせは、「業務知識×技術」です。製造の現場を知るエンジニア、医療の実務を知るデータ分析者、物流を理解したシステム設計者。どちらか片方だけの人材は多く、両方を持つ人材は少ない。
経済産業省の試算では2030年に最大約79万人のIT人材が不足するとされますが、不足の中身は領域によって異なります。汎用的な開発力より、産業に紐づいた専門性のほうが希少になります。
異業種からITへ移る人にとって、前職の業務知識は弱点ではなく武器です。この構造を理解しているかどうかで、キャリアの組み立て方が変わります。
現実的な見立て
最後に、過度な楽観も悲観も避けた整理をしておきます。
日本がすべての産業でリードすることはありません。デジタルプラットフォームの領域では、すでに大きな差がついています。
一方、模倣に時間がかかり、切り替え費用が高い領域では、優位が残っています。素材、部材、製造装置、そして文化と観光。これらは短期間で失われるものではありません。
重要なのは、強い領域に技術を掛け合わせることだと考えます。持っていないものを一から作るより、持っているものの価値を上げるほうが、確度の高い戦略です。
強みが失われた領域から学ぶ
かつて世界をリードしながら、優位を失った領域があります。原因を見ておくと、いま強い領域を守る手がかりになります。
家電。製品としての完成度は高かったものの、部材が汎用化し、組み立ての参入障壁が下がりました。模倣に時間がかかるという条件が崩れた典型です。
携帯電話。国内市場に最適化しすぎ、世界標準から外れました。国内で成立する規模があったことが、かえって足枷になりました。
共通する教訓は2つです。ひとつは、製品ではなく能力で優位を定義すること。製品は陳腐化しますが、擦り合わせや品質管理の能力は転用できます。
もうひとつは、国内市場の規模に安住しないこと。最初から国外を前提に設計するかどうかで、10年後の位置が変わります。
企業として何をするか
産業論を、個別企業の判断に翻訳します。
自社の優位が3条件のどれで成り立っているかを確認する。模倣の難しさか、切り替え費用か、需要の継続か。どれも当てはまらないなら、価格競争に向かいます。
優位の源泉が人にあるなら、その人が辞めない設計をする。技能や関係性に依存する優位は、離職とともに消えます。
デジタル化は、優位を守る手段として使う。新規事業として始めるより、既存の強みを補強するほうが確度が高くなります。
国外の需要を早い段階で確認する。国内で完成させてから輸出を考えると、仕様が合わないことがあります。
本文中の数値は各調査時点のものです。調査主体により定義や推計方法が異なるため、出典を確認のうえご参照ください。
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