越境展開を支えるエンジニア。海外企業の日本進出と、日本企業の海外進出で求められること
企業が国境を越えるとき、システムは必ず作り替えが必要になります。制度が違い、商慣習が違い、求められる品質の基準も違うためです。この仕事は「英語ができる人」の仕事ではありません。両側の事情を理解し、どこを合わせてどこを変えるかを判断できる人の仕事です。この記事では、進出の方向ごとに何が起きるのかを整理します。
なぜシステムの作り替えが必要になるのか
本国で完成しているシステムを、そのまま持ち込めばよいように見えます。実際には、そうならない理由が複数あります。
- 制度が違う/会計基準、税制、労働法規、個人情報の扱い。システムが前提とするルールそのものが異なります
- 商慣習が違う/請求と支払のサイクル、取引先との書類のやり取り、承認の流れ
- 求められる品質が違う/許容される誤差、障害への反応、対応の速度
- 言語と表記が違う/日本語対応は文字の置き換えでは終わりません。氏名の並び、住所の構造、和暦、全角半角
これらは「日本向けにローカライズする」という一言で片づけられる作業ではありません。 どこまで本国の標準に合わせ、どこから現地に合わせるか。この線引きが、進出の成否に直結します。
海外企業が日本に来るとき
海外企業の日本展開を支援する仕事では、次のような課題が発生します。
制度への適合。 日本の会計基準への対応、消費税の扱い、インボイス制度への対応、源泉徴収。会計や人事のシステムは、制度の塊です。本国の仕組みをそのまま使うことはできません。
取引の作法への対応。 締め日と支払サイクル、請求書の様式、押印や書面の慣行、検収の考え方。本国では自動化されている工程が、日本では人手を前提としていることがあります。この差をどう埋めるかが設計の論点になります。
日本語対応の実務。 表示の翻訳だけでなく、氏名の姓名の順、フリガナ、住所の階層、和暦、全角文字の扱い。データベースの設計段階から影響する部分が少なくありません。
期待される対応水準。 障害時の連絡の速さ、説明の丁寧さ、書面での報告。技術的には同じ品質でも、求められる対応の作法が違うことがあります。
この仕事で価値を持つのは、「なぜ日本ではこうなのか」を本国側に説明できることです。理由が分からなければ、本国側は「不要なカスタマイズ」としか受け取りません。制度上の必然なのか、慣習にすぎないのかを切り分けて伝える必要があります。
日本企業が海外に出るとき
逆方向では、別の課題が現れます。
作り込みの重さ。 日本の基幹システムは、自社の業務に合わせて長年かけて作り込まれていることが多くあります。その作り込みが、進出先で意味を持つとは限りません。 どこまで持っていき、どこを標準に戻すかの判断が要ります。
現地の制度への対応。 会計基準、税制、労働法規。国ごとに異なるうえ、変更もあります。多国展開の場合、共通部分と国ごとの部分をどう分けて設計するかが中心的な論点になります。
データをどこに置くか。 国によってはデータの国外持ち出しに規制があります。個人情報の扱いも、地域ごとにルールが異なります。技術的な設計が、法規制によって制約を受けます。
運用体制の設計。 時差のある拠点をどう支えるか。現地に人を置くのか、日本から見るのか。障害時に誰が判断するのか。システムを作ることより、運用を回す仕組みのほうが難しい場面があります。
この方向で価値を持つのは、日本の業務のどこが本質でどこが慣習かを見極められることです。すべてを持っていこうとすれば費用も期間も膨らみ、すべてを捨てれば現場が回らなくなります。
両方向に共通すること
方向が逆でも、求められる判断は似ています。
- 標準と個別の線引き/どこまで共通の仕組みで、どこから個別対応か
- 制度と慣習の切り分け/守らなければならないことと、変えられることの区別
- 説明する力/なぜその設計にしたのかを、両側に納得できる形で伝える
- 段階を設計する/一度にすべてを揃えず、どこから始めるかを決める
とくに制度と慣習の切り分けは、この領域の核心です。「昔からこうしている」という理由しかない作業を制度上の必然と誤認すると、無駄なコストが積み上がります。逆に、法令上の要件を慣習と見誤れば、稼働後に大きな問題になります。
求められるスキル
- 基幹システム(ERP、会計、人事、販売)の実装経験
- 制度要件を業務要件に落とし込む力
- 多拠点・多通貨・多言語を前提とした設計
- データ保護規制への理解
- 現地ベンダーや現地メンバーとの協働
- 英語での読み書き(議論は通訳を挟めても、文書は日常的に発生します)
- 時差を前提とした非同期のコミュニケーション
語学は必要条件ですが、十分条件ではありません。この仕事の価値は「翻訳」ではなく「判断」にあります。 両側の事情を理解したうえで、どうするかを決められるかどうかです。
この領域の希少性
越境展開を支えられる人材が不足しているのには、構造的な理由があります。
経験を積む機会が限られているためです。国内案件だけを担当していれば、この経験は得られません。そして越境案件は数が限られるため、経験者が増えにくい循環があります。
加えて、必要な要素の組み合わせが特殊です。基幹システムの技術、業務知識、制度の理解、語学、そして異なる文化のなかで合意を作る力。 どれか一つが欠けても成立しにくい仕事です。
裏を返せば、一度この経験を積むと、代わりが見つかりにくい立場になります。 企業の海外展開もクロスボーダーのM&Aも継続的に発生しており、需要が途切れる性質のものではありません。
入口としては、既存のシステムに多拠点対応を加える案件、海外拠点のシステム統合、あるいは海外向けサービスの立ち上げといった形があります。いきなり海外に行く必要はなく、日本にいながら関われる案件も増えています。
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