スタートアップの出口戦略。IPO偏重が終わり、選択肢が変わった
日本のスタートアップにとって、出口といえば長らくIPOでした。しかし東証の基準見直しと制度の整備によって、その前提が崩れています。この記事では、いま何が起きているのかを公的な資料と調査データで確認し、IPOとM&Aそれぞれの実際、そして参画する側から見た意味を整理します。
出口戦略とは何か
出口戦略(イグジット)とは、創業者や投資家が、これまで投下してきた資本を回収し、利益を確定させるための一連の計画や手法を指します。
もともとはベンチャーキャピタルが、投資先から利益を上げて投資活動を完了させるための言葉でした。現在では意味が広がり、事業承継を考える中小企業でも使われています。
誤解されやすい点があります。出口は「終わり」ではありません。 会社を次の成長ステージへ引き上げるための通過点であり、企業のさらなる成長、従業員の雇用維持、後継者問題の解決といった目的も含みます。
主な手段はIPO(新規株式公開)とM&Aの2つです。両者は、出資者が保有する株式をどこに売って利益を回収するかという点で異なります。
いま起きている変化
ここ数年で、前提が大きく動きました。
1. 東証の基準見直し。 日本のスタートアップでは長らく「スモールIPO」が問題視されてきました。IPO時点の時価総額が数十億円にとどまり、上場後も高い成長を実現する企業が少ない。むしろIPO直後に業績の下方修正を発表する「上場ゴール」企業が相次いだとされています。
東証が示した改革案は、こうしたIPOの目的化を許さないという意思の表れです。「上場から5年で時価総額100億円以上」という新基準が、出口戦略の見直しに直結しています。
2. 制度面の整備。 経済産業省は2025年9月、「スタートアップ投資契約ガイドライン(増補版)」を公表しました。IPOの努力義務を課す日本固有の慣行を改め、M&Aによるイグジットも投資回収の選択肢に含めるよう促す内容です。
さらに2026年5月には「スタートアップM&Aガイダンス」も公表されています。M&Aがスタートアップの成長手段として今後さらに活用される余地は大きいという認識が示されました。
3. 実態としての比率。 調査によれば、日本のスタートアップのEXITのうち8割がM&Aという状況になっています。かつてIPOが圧倒的多数だった構図は、すでに逆転しています。
IPOという選択
非公開だった株式を、証券取引所で一般に売買できるようにすることです。出資者は持株を市場で売却して利益を得ます。
得られるもの
- 大規模な資金調達が可能になる
- 社会的な信用が高まり、採用や取引で有利になる
- 創業者が経営権を保ったまま資金を得られる
負担するもの
- 準備に3〜5年/証券取引所の審査を通過するまで、監査法人や主幹事証券の選定、中間審査など多くの工程を要します
- 管理体制の整備/内部統制、開示体制、ガバナンス。相応の人員と費用がかかります
- 実現できるとは限らない/上場申請をした企業のうち、実際にIPOを実現できるのは一部です
- 上場後の責任/新基準のもとでは、上場すること自体より、その後の成長が問われます
規模の目安として、時価総額1,000億円に達するスタートアップは、創業から平均8.3年でIPOに至るというデータがあります。
また、新基準を踏まえた実務的な指摘もあります。ロックアップ解除後の株価下落を見据えると、IPO時に200億円程度の時価総額がなければ、主幹事証券に引き受けてもらえないとされる状況です。
M&Aという選択
他社に株式や事業を譲渡する形です。近年、選択される割合が大きく増えました。
得られるもの
- 圧倒的に速い/当事者間で合意すれば成立します。主流である株式譲渡の方法なら、着手から最短1か月ほどで完了します
- 管理体制の整備が不要/IPOのような上場準備は要りません
- 赤字でも成立し得る/技術や人材、顧客基盤に価値があれば対象になります
- 買い手の資源を使える/単独では届かない規模へ、短期間で到達できる可能性があります
考慮すべき点
- 経営の独立性が失われる、あるいは制限される
- 買い手の方針によって、事業の方向が変わることがある
- 従業員の処遇や企業文化の統合が課題になる
- 買い手が見つかるかどうかは、市場環境に左右される
買い手の層も広がっています。 かつては大企業が中心でしたが、新興の上場企業や、未上場のスタートアップが別のスタートアップを買収する例も増加しています。大型調達を実施した企業が、事業強化や人材獲得、新市場参入を目的に動く形です。
グロース市場の上場企業を見ると、2021年に79社が66件のM&Aを実行していたのに対し、2025年には145社が227件を実行するまで拡大しました(スタートアップ以外を含む数字)。
その他の手段
IPOとM&A以外にも、選択肢はあります。
- MBO/経営陣が自社の株式を買い取る。独立性を保ったまま資本構成を変える手段
- バイアウト/投資ファンドなどが株式を取得し、企業価値を高めてから再度売却する
- 事業譲渡/会社全体ではなく、特定の事業だけを譲渡する
- 廃業・清算/事業を畳む判断。決して失敗とは限らず、資源を次に向ける選択でもあります
いずれも、状況によっては最も合理的な選択になり得ます。IPOかM&Aかの二択で考えると、視野が狭まります。
いつ考え始めるべきか
出口の議論は、資金調達の時点から始まっています。
投資契約に何が書かれているか。 かつてはIPOの努力義務を課す条項が日本固有の慣行として存在しました。この点は制度面で見直しが進んでいますが、既存の契約内容は確認が必要です。
投資家との認識が揃っているか。 レイターステージでは、出資しているVCのポートフォリオにおいて重要な位置を占める企業が多く、大きく上場してほしいという期待がかかっているケースがあります。ここが揃っていないと、後で衝突します。
評価の軸が変わったことを踏まえているか。 上場株の評価軸がPSR(株価売上高倍率)からPER(株価収益率)に変わったことで、上場企業は赤字のスタートアップを買いづらくなりました。 「売上さえ伸ばせばよい」という前提は、すでに通用しません。
実務的には、シリーズAの資金調達時点で、出口の可能性を複数持っておくのが現実的です。1つに絞ると、市場環境が変わったときに選択肢がなくなります。
参画する側から見ると
エンジニアやコンサルタントとして関わる立場では、出口戦略は他人事ではありません。
働き方が変わります。 IPOを目指す企業では、内部統制や開示体制の整備が求められます。「動けばよい」から「説明できる状態にする」へ、開発の作法が変わります。監査に耐える記録、権限管理、変更履歴。この経験は他社でも通用します。
M&Aでは、デューデリジェンスを受けます。 技術的な負債、ライセンスの適合、セキュリティ、属人化の度合い。買い手は必ずここを調べます。 日頃の設計判断が、企業価値の評価に直結します。
ストックオプションを受け取る場合。 出口の形によって、価値が実現するかどうかが変わります。IPOなら市場で売却でき、M&Aなら買収条件次第です。行使条件と、出口の見通しを併せて確認する必要があります。
統合の局面で需要が生まれます。 M&Aが増えているということは、その後の統合作業も増えているということです。システム統合、データ移行、業務プロセスの再設計。この領域は継続的に人材が不足しています。
そして最後に。出口が近い企業に関わることは、企業が最も変化する時期を内側から見る経験になります。準備、審査、交渉、統合。どれも教科書では学べない領域です。
※ 本記事は公開情報にもとづく一般的な整理であり、投資判断や個別の契約に関する助言ではありません。具体的な判断は弁護士・公認会計士等の専門家にご相談ください。
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